一人狂うとみんな狂う、とハハが言う
チチに認知症の症状が出始めた頃にハハがよく言っていた。引きこもり、飲酒、物忘れ、徘徊が複雑に絡み合って一気に現れたため、家族は変化に対応するのに苦労したのだった。
ハハとしてみたら、夫の定年後はゆっくりと旅行でもしながらのんびり暮らすのを夢みていたようだったが、その夢は無残に打ち砕かれた。
チチの介護を生活の中心にすえて、自分の両親の介護も引き受けたのだった。曜日ごとに分担が決められていた。ハハ、叔母たち、ムスメと看護師の従姉妹とヘルパーとでなんとか1週間をやりくりしていた。
誰かが風邪引いたら終わりだよね、とムスメと従姉妹はよく話していた。それだけギリギリの綱渡りだった。
それと同じセリフをハハが再び言うようになった。
意味は全く違う。ハハはムスコの事業がうまく行っていないので親の年金を盗んでいる、と言う文脈で使っている。
手元にある現金が5万円でも10万円でも失くなっちゃう方が狂ってるんだけどなあと、ムスメは思う。