minnesotakkoの日記

国際遠距離介護の記録

チチの入院

チチが肺炎で一ヶ月ほど入院していた。先日無事退院して老人ホームに戻った。

 

ということをムスメは知らなかった。ハハには電話をしていたけれど、何も言わなかかったし、ムスコ(弟)も知らせて来なかった。

 

心配させたくなくて知らせなかったんだろう、とムスメは推測するしかない。急遽、一時帰国するほど重篤でなかったのかもしれないし、と自分を納得させようとしている。どのタイミングで帰国するのか、決断を迫られる時が来そうだ。

 

伊藤比呂美 父の生きる

詩人の伊藤比呂美さんの父の生きるを読んだ。アメリカ在住で一人っ子で日本のご両親の介護をした大先輩である。(もちろん面識はないのだが、多くの作品のファンであるため、尊敬の念を込めてそう呼ばせていただいている。)

 

読んでいて救われたのは、伊藤さんも私と同様に、日本に電話したくない時があったということだ。

 

アメリカに戻ってからなるべくハハに電話するようにしている。電話口のハハは元気なこともあれば、落ち込んでいて死にたいと言ったりと状態は安定していない。

朝からビール飲んで寝てると聞かされれば、次の日には電話したくない。ムスコやムスコのお嫁さんの悪口を聞かされれば、怒りたくなる。それでも日本を離れる決断をした自分に罪悪感を感じつつ、だからと言って日本に帰国する状況にもあらず、罪悪感と自己嫌悪の間で何とか自分を立て直して、電話するという日々が続いている。

 

だからこそ、電話したくないと思う自分を責めず(自分をいじめても何も解決しないのだ)、最善を尽くすしかないんだと誰かに言ってもらいたかったのだ。

 

ムスメの一時帰国 最大難関はハハのムスコへの不信感

ハハの独居はいちいち難しい。冷蔵庫は空っぽで食べるものはないが、冷凍庫は満杯で何を食べていいかわからない。調理しようにも引き出しを開ければ、すべての引き出しが物で溢れかえっていて、菜ばしを探し出すにも苦労する。

現金は家中に散在しているし、何にいくら使っているかが分からない。通販の請求書は来るし、在宅していなければ不在連絡表が溜まっていくばかり。

スケジュールの管理が難しくなってきたので、約束をすっぽかしたことは数知れず、待ち合わせの場所を勘違いして出かけて行っても会えなかったことも多々あり。

こういう失敗の積み重ねが自信喪失となり、軽いうつとなって表出することもある。

しかし、これらのことは、日常生活においては小さな不便・困難にはなりうるが解決可能なことだと思われる。

 

ムスメがこの一時帰国で最大の敵だと思ったのは、ハハのムスコへの不信感だった。

ムスコはハハが金銭管理できないのを心配して、銀行の通帳や印鑑などを整理して持ち帰ったのが仇となった。ハハに了解を得て持ち出したのに、ハハがそれを忘れてしまうとは計算外だったに違いない。ハハのなかではムスコが勝手にすべての持ち去った、ムスコはこの家の財産を食いつぶす気でいるに違いない、私がきちんと管理していたのに台無しにした、あの子が来るときはお金をすべて隠さないと安心できない、という図式が出来上がってしまったのだ。

 

朝食を食べたかどうかも覚えていないのに、ムスコが信頼できないという妄想は忘れられないのだ。なんという不幸だろう。

ムスメがアメリカにいる限り、ムスコが唯一の介護者なのだ。信頼関係が構築できないのは致命的だ。

 

ムスメがいくら説明しても馬耳東風。何とかハハの不信感を払拭できないものだろうか。

ムスメの一時帰国、サービス付高齢者住宅の見学

ムスメの叔父(ハハの義理の兄)が去年サービス付高齢者住宅(以下、サ高住)に入居した。

叔父にも会える良い機会だったので、ハハと2人で見学させてもらうことにした。

 

結論から言う。ムスメにとっては夢のような施設だった。駅近、築浅、食堂付、セキュリティーもしっかりしていて、センサーが24時間以上だったか感知しないとフロントが安全確認してくれるという。賃貸のワンルームではなく分譲のワンルームといった風情で、ベッドルームは6畳ほどだがミニキッチンもあり、一人で住むなら十分。もちろん入り口からすべてバリアフリーになっている。物が減らせれば快適だろうなと思う。共益費などは賃貸に比べれば高めだが、共用部分は手入れが行き届いているし、フロントに誰かがいる、というのは安心なのではないだろうか。

 

だが、ハハの意見は正反対だった。叔父がキレイにサッパリと暮らしていることは認めたが、自分が入居したいとは言わなかった。理由は、狭いからとか場所が不便だからとか言っていたが、今から引っ越す手間が煩わしいのと、ムスコ夫婦と同居したいというのが本音だろう。

 

他のサ高住を見たことがないので、一概には言えないが、将来このようなサ高住はもっと増えるのだろうと思う。

 

ムスメの従姉妹は60歳になったらサ高住に申し込みすると言っていた。ムスメはその気持ちがよく分かる。60歳になったら身辺整理をして、所有物を減らし、必要最低限ものを持って、小さな所で快適に暮らす。鉛筆一本探すのが大変なハハの住まいとは違って、必要な物しか持てない暮らし方はストレスが少ないだろうと推察できる。ゴミ出しを気にすることなく、料理したくなかったら建物内で食べ、元気だったら自由に暮らせる、そこから仕事に行ってもいい。しかも、所有物ではなくて、あくまで賃貸だから自由も利く。老人ホームの入居金や月額費に比べたら、料金は格安だ。家賃が支払えるだけの経済力は必要なのだが・・・・・。

 

 

ムスメの一時帰国 第四難関は金銭管理

ハハはもともと事務能力がない。会社勤めをしたことがなく、真面目な銀行員だったチチに任せっきりだった。チチがアルツハイマーになってからは、必要にかられて最低限は自分でやっていたが、確定申告のための医療費のレシートや保険会社からの控除の通知などは大事に仕舞ったのか、紛失したのか、きちんと揃ったことがなかった。

 

そんなことだから、金銭管理は最初から分が悪い。

まず、色々な振込み用紙が届くが、何のための支払いなのかが分からなくなっていた。謎の振込用紙はムスメが請求先に電話をかけて、何をいくつ購入したのか確認した。

化粧品や健康食品の定期購入を申し込んであって、未開封の化粧品や青汁が山積みになっていたのでキャンセルした。

 

次に、銀行で引き出してきた現金の管理ができなくなってきた。現金を仕舞うのだが、仕舞った場所を忘れてしまうのだ。引き出しを開けると思わぬところから現金が出てくることがあった。現金の管理が出来ないと、その度に銀行で引出して、残高がマイナスならないかが心配だ。

ムスメの一時帰国 第三難関はスケジュール管理

ムスメは祖父と育ったので、祖父が「今日は何曜日?」と聞くのには慣れていた。まだ小学生だったから、「おじいちゃんは学校に行かないんだから、分かんなくても当然」くらいに思っていた。

 

しかし、これがハハの場合だと話しが違ってくる。

新聞は届くのだが、家中に散在しているので、どれが今日の新聞だかが分からない。携帯電話を見ればよいと思うのだが、そこまで頭が回らないらしい。

あげくの果ては、今年は2003年?とか言い出すものだから、腹が立つやら、情けないやらで、ムスメは返す言葉が見つけられない。

 

日付が分からなくても生活はできるのだが、問題は約束のすっぽかしだ。書いてないものは忘却の渕に沈んでいく。この短い一時帰国の間にもムスメは約束をすっぽかされたし、ニアミスはいくつもあった。外出しようとしたところに、ヘルパーやナースが訪問したことがあった。習い事や友人との約束も守れていないことが多々あるだろうと推測できた。

 

問題はカレンダーが2つと手帳が1冊混在していることだ。

まずはカレンダーをひとつにまとめ、すべてを書き込めるようにした。手帳はとりあえずハンドバッグの中でキープ。

 

日付の問題は、時間と日付と曜日が表示されるデジタル時計を使うことにした。カレンダーのそばに置いたが、時計をみれば日付が分かるということが定着することを願おう。

ムスメの一時帰国 第二難関は冷蔵庫

時差ボケで早朝に目覚めたムスメは朝食を作ろうと冷蔵庫を開けた。

 

冷蔵室には調味料が乱立していた。マヨネーズ・ケチャップ・ソース類がいくつもあった。生協の宅配でまとめて注文したものが、一人では消費できないようだった。

野菜室はほとんど空。トマトにカビが生えていた。

一転して、冷凍室は満杯。一度開けたらドアが閉まらない。ここも生協の宅配が積もり積もった結果らしい。

 

料理好きだったハハの冷蔵庫とは到底思えなかった。

一人でいると寂しいから食欲がない→食べない→元気が出ないという悪循環に陥っている。しかも、買った惣菜や宅配のお弁当は美味しくないので食べたくないと言う。

 

人に会わない日や外出しない日は一日何も食べない日があるらしい。

 

まして、何が入っているか分からない、一度開ければ閉まらない冷凍庫であれば、ますます料理する意欲もわいてこないだろう。

 

週一回訪問してくれるヘルパーさんに冷凍庫にあるものから調理してもらうようにお願いしたら、毎週冷凍食品が増えていくんです、と言われてしまった。生協の宅配はしばらく休止したほうがいいのかもしれない。