minnesotakkoの日記

国際遠距離介護の記録

弟のことが分からない⓷

ハハは相変わらず老人ホームに適応できない。

 

弟はハハを自宅に戻そうとしている。

私は反対だが、主たる介護者は弟なのだ。ここは妥協しよう。だが、条件を提示した。

⒈以前通っていたデイホームに戻れるようにすること

⒉夕飯の手配をすること

⒊壊れているトイレを修理すること

 

この条件がクリアできれば自宅に戻すことを、サポートするとメールした。

 

デイホームと夕食については了解したが、トイレは修理しないという。理由は80万円かかるということ、いつまで自宅で暮らせるか分からないから次に施設に入居するための一時入居金を確保しておくために、修理代を出したくないのだと言う。

 

これには正直驚いた。

 

使えるトイレがあるから、修理しなくていいと思っているのだろう。お金をかけたくないのだろう。遺族年金とハハの貯金でこれからの生活費と介護費は賄わなければならない。ムスメもムスコも自分の生活で手一杯でしがない個人自営業者である。

だが、失禁が始まったハハ(だから介護度3になった)にトイレは必要不可欠なのではないか?

優しい息子になりたいと言っていたのに、家に帰りたいと言うから家に帰すと言っているのに、トイレはお金が惜しいから修理しない、と言う弟が理解できない。

 

チチの遺産の現金(トイレの修理費は賄える)を弟に全額渡すことにした自分の決断を悔やんだ。ハハの介護を任せっきりにしている罪悪感からチチの現金は弟に譲ることにしてしまったのだ。

 

チチがしっかりしていたら、こんなことにはならなかっただろう。

 

 

 

ハハの帰宅案、再燃

ムスコはハハを自宅に戻すことを真剣に考え始めていた。

老人ホームへの強制入居には成功したものの、日々の電話メール攻撃は一向に止まず、ひどい時には5分おきに電話かメールが来る。

家に帰りたい、いつ迎えに来てくれるのか、母親をこんな所に入れといていいと思っているのかこの人殺し、と罵られていれば、さすがに凹んでくる。

 

一生恨まれても、ハハの安全を第一に考えれば、老人ホーム入居は唯一の解決策だったはずなのに、自宅にいても老人ホームにいてもハハは不幸なのだ。

 

それだったら、以前のようにデイホームに週6日通い、ヘルパーの回数を増やすとかすれば、一人暮らしもまだ可能ではないだろうか、と考えるようになった。

 

 

ムスメよ、自分の人生を生きよ

タイトル通りだったら、格好が付くけれど、現実はほど遠い。

 

だが、このようなことをハハから言われた。

私はもう老人ホームに厄介払いされるような必要のない人間なのだから、私のことは心配せずに自分の人生を生きなさいと。

 

母親が若いうちにきちんと対決しなさい、と言ったのは上野千鶴子氏だった。私は対決を避けて家を出た。ハハの人生を生きたくなかったからだ。ピアニスト、安定したサラリーマンか医者との結婚、可愛い孫、母娘二人で楽しむ食事や買い物、そして介護ヘルパーとハハから求められたものは尽く私に提供できるものではなかった。いつでも何かを期待されるのには辟易していた。口汚く喧嘩したことだって一度や二度ではない。

 

そのハハから一番聞きたかったのは、そう自分の人生を生きなさいという言葉だった。

 

ああ、認知症になる前にそれを聞きたかった。

 

まあ、言われても言われなくても、ハハの望んだムスメにはなり得なかったのだけど。

 

ハハと友達

ハハは相変わらずである。

 

老人ホームにいると分かっていない時は旅行に来ていて明日家に帰れると思っているので、機嫌がいい。

 

一方、老人ホームにいると分かっている時は、子供に捨てられたと思い、落ち込んでいるか怒っているかのどちらかである。

 

だが、ようやくハハの口から友達という言葉が出た。まだまだ家には帰りたいのだが、「ここはご飯は美味しいし、友達もいいから」と言っていた。

 

友達ができれば、顔見知りが増えれば、ハハの気持ちも安定するのではないだろうか。

 

ムスコは家に連れて帰ることを検討している。が、ムスメは一人暮らしがもう無理だと思っている。ハハが帰りたいと願う自宅にいて、週6日デイケアに行き、日曜日にヘルパーに来てもらっても、結局はデイケアはつまらない、日曜日に誰かが来るのは面倒で、ムスコはお金を盗んでいくし、ヨメは電話の一本もかけてよこさないのだから、どこへいても同じなのだと思う。だったら、暖かい食事が食べられて、安全な場所で暮らしてもらいたいと思うのだ。これはムスメのエゴなのだろうか。ハハの気持ちに寄り添っていないのだろうか。

 

ムスコ、泥棒から人殺しへ

ハハがムスコに送ったメール、たった3文字

 

人殺し

 

これを受け取ったムスコは当然迷う。家に戻すべきなのか、このまま施設に入れるのか。

一生恨まれてもいいと思って施設に強制入居させたが、人殺しと言われて心が動かないはずはない。

 

ムスメが施設に連絡して様子を聞いたところ、帰宅願望はあるし、感情の起伏も激しいけれど、以前と比べれば安定してきていて、友達もできつつあり、ピアノも弾いて昼間は楽しく過ごせているようだ、とのこと。

一般論でいえば、新しい環境に慣れるには3・4ヵ月かかるそうだ。

 

とりあえずもう少し様子を見ることにした。

 

が、ムスコは揺れている。

自宅にいても施設にいてもハハが幸せでないなら、安全性を犠牲にしても、自宅で過ごした方がいいのではないか、と。

 

一方で、ムスメも揺れている。

自宅で一人暮らしができると判断しているハハの脳は信用できるのか。現金管理、料理、掃除ができなくて、毎日行くデイホームはつまらなくて、日曜日に来るヘルパーは鬱陶しくて、夏は暑くて冬は寒い自宅でどうやって暮らしていけるというのか。ハハの帰りたいという感情と現実との間で揺れている。

 

 

ハハ、幸せな時間は長く続かず

北海道にいると思っていたハハの幸せは長く続かなかった。

 

今日はいきなり「死ねと言われているの」と穏やかでなかった。とうとう幻聴が?とドキリとした。誰に言われてるのかと聞いてみたら、ムスコに直接言われたわけではないけれど、老人ホームに追いやっておいて連絡が一切ないということは私はもう生きていても価値がないということだという思考回路から抜け出せないのだった。

朝ごはんは全部食べたけど、もうこれからはずっと食べないで餓死してやると言っていた。

 

調子の悪い時の不機嫌バージョンであって、妄想がひどくなったわけではなさそうだ。

ハハは納得できる理由が欲しいのだ。なぜ老人ホームに連れてこられたのか、家に帰れないのかが知りたいのだ。家のトイレが壊れているから、古い下水管だから、工事が大変でね(これは事実ではないが、もし工事するとしたら大変かも)、だからもうちょっとそこで頑張ってよ、とムスメが言ってもダメなのだ。

チチ亡き後家長のムスコがきちんと説明責任を果たしていないのが気に食わないのだ。

 

当の家長のムスコも何度も説明しているのだろうが、ハハの短期記憶はハハに渡した現金と同じく決して定着しない。一瞬で、どこかへ消えてしまう。

 

ボケてきて一人で暮すのは危ないから、老人ホームに入れたんだよと言っても、5分後には「何も聞いてない」と言われるのだろう。

 

チチの死でさえ定着するのに2週間はかかった。老人ホームに入居して一ヶ月になる。果たして適応できる日は来るのだろうか。

ハハ、ここは北海道だと言う

朝起きたら自分がどこにいるのか分からなかったと言うハハは、今北海道のホテルに泊まっているのだと思っていた。

 

冬の北海道は家族でスキーに行ったことが2回ある。最後は2001年だったか2002年だったか?チチはもう認知症を発症していた。が、足腰は丈夫だったのでスキーは滑れたのだった。一度だけチチとはぐれてしまったことがあった。パニックになって探したら、スキーロッジのロビーで静かに座って待っていた、なんてことがあった。思えば親子4人での最後の家族旅行だったと思う。

 

ハハは老人ホームにいることが分かると不安を強く感じるようだ。まずはお金が足りるのかどうかが不安になる。そして、子供達に捨てられて厄介払いされて老人ホームにいると感じて鬱になる。

そうでなければ、自分がどこにいるか分からない。大津でも北海道でも妄想の中では自由に旅ができるのである。

 

真実なんでこの際どうでもいい。

妄想でも何でもいい。チチとスキーを楽しんでもらいたい。