minnesotakkoの日記

国際遠距離介護の記録

なぜムスメがハハの味方になれないのか?

前回の記事でお嫁さんが(ムスメの義理の妹)傷つかなければいいと書いた。

これは正直な気持ちだ。

 

だが、なぜムスメの私がハハの一番の理解者、味方になれないのだろうかと投稿した後で思いついたのだ。

だが、私がハハの味方になれば、当然お嫁さんを批判することになる。(非常に古風な)弟と結婚し子供を二人産み育て、弟の仕事のサポートもして、自分の仕事もして、家事もこなすというミッションインポッシブルを可能にしている義理の妹にこれ以上仕事を増やすようなことはできないのだ。

 

だが、私自身は渡米してしまった。渡米したことは全く後悔していないのだが、渡米しないという選択をしなかったという後ろめたさはある。

しかし、渡米しなかったら、その選択をハハのせいにして一生恨んだかもしれない。何もしないと言って義理の妹をハハと一緒に人非人呼ばわりしたかもしれない。

 

女性が女性を非難することほど厳しいものはない。

 

どうしてこうなってしまうのか。高齢のハハが一人暮らしで困っているというのに、助けようがない。それぞれが一生懸命に生きているのに、どこかで歯車がずれてしまったような居心地の悪さ、これはどこから来るのだろう。

 

 

ハハの変化

老人ホーム体験入居後の生活は基本的に変化がない。というより体験入居の記憶は遠い遠い淵へ沈もうとしている感じだ。

生活がつまらない、ムスコ夫婦が冷たい、他の人はしっかりしているのに私は頭がダメになっちゃった、どうしたらいいのか分からない、とストレスがハハの生活の大きな部分を占めている。

 

だが、昨日の電話では様子が違った。ムスコ夫婦が冷たい、「私は同居して義理の両親の面倒をみたのに」電話の一本もかかってこないと不満で一杯だった。ここまではいつも通りだったのだが、「私が(義理の両親と)同居してあげてよかったと思うの。何もできなかったけど、そばにいてあげられたのはよかった」と言うのだ。

 

これにはムスメは面喰らった。同居して介護した15年を返して欲しいとまで言っていたハハが、同居生活をよかったと言ったのだ。

ああ、もうこれでハハを止められるものが何もなくなった、とムスメは思った。

もう「息子に迷惑をかけたくない」という建前や遠慮はないのだ。混乱していく記憶の中で、同居しないムスコ夫婦がハハを満足させることはできない。仮に、同居したとしても、「私は専業主婦だったから、いつでもそばにいてあげた」と言われてしまえば、仕事を持つお嫁さんとしては返す言葉がない、つまり同居したとしてもハハを満足させることは無理なのだ。

 

ムスコ夫婦にしてみれば救いがない。何をしても同居して介護した事実に勝るものはない体。が、ハハが奪われたと思って来た15年間はこれで報われたのかもしれない。

 

だからと言って、ハハの独居生活がハハを幸せにしないことだけは確かだ。

もともと感情の起伏の激しいたちである。認知症によって感情の抑えが益々きかなくなってきた。お嫁さんが傷つかなければよいのだが、とムスメは切に願う。

 

 

ハハ、体験入居その後

電話をしたら忙しそうだった。これから友人が訪ねてくると言っていた。それは嬉しいのだけれど、パニックになっていた。

 

部屋を片付けようとしているけれど、どうやって片付けたらいいか分からないし、どうやっても片付かない。何時にその友人が訪ねてくるのか分からない、お金がなくて食べるものを買いにいけない、ムスコが勝手に通帳とか動かすから全く分からなくなってしまった。もう頭がボケてどうしていいか分からない。

 

ムスメとしては、物が多すぎるから片付かない、時間をメモしておかなかっただけだから家で待ってればいいよ、生協の宅配で食料品は届くんじゃなかった?、この間タンスと床の間に通帳とカード隠してあったんじゃなかった?、ムスコは動かしてないよ、タンスと床の間のカード見つけてくれたでしょう。と言いたかったが、いちいちハハの言うことを否定するのもくたびれる。

 

ボケてどうしたらいいのか分からないと言うけど、老人ホームは嫌なんだから何か別の手を考えないとね、とムスメが言えば

 

嫌だったかどうかなんか覚えていないと投げやりな態度になった。

 

うーん。どうしたらいいのか分からないのはこちらも同じだ。

短期記憶はどんどん低下している。それに反比例するように、ムスコ夫婦に対する不満感は増大するばかりだ。気分は落ち込んでいて、不安感も強い。

老人ホームもヘルパーも嫌(だと言っていた。これがいつ翻るかは分からないが)、となればデイホームの日数を増やしてしのいで行くしかないのだろうか。状況が変わるまでは。

自分の老後は?

結婚していてもいなくても、子供がいてもいなくても、女性がおひとりさまになる確率はとても高いそうだ。

 

ハハは子供が二人いても立派におひとりさまである。子供のいない私は間違いなくおひとりさまになる。両親ともアルツハイマー型認知症である。今から準備をしておいても早すぎるということはない。

ハハをみていて気づいたことを書いていこうと思う。

 

チチのアルツハイマーが若年性だったので、介護は身近な問題ではあった。だが自分の問題として捉えたことはなかった。

ハハはチチの介護をしているうちに、自分が介護を受けることが駆け足で忍び寄ってきているのに気づけないために準備が全くできていない状況が長く続いてしまい、自分の介護が必要になった時には全く無力になってしまった。

こんな状況はできる限り回避したいのだ。

病気もせず、怪我もせず、認知症にもならず幸せな老後を暮らしたいと誰もが思う。だが、これはとても高いハードルを超えなければいけないようだとハハをみていて思う。

 

 

 

 

ハハの老人ホーム体験入居 最終日

ムスコが迎えに来てくれて、チチの見舞いに行き、自宅へ向かう途中だった。

 

運転しているムスコの手前もあるのだろうが、しきりに「今回は(ムスコに)色々と世話になりっぱなし」と言っていた。

 

何でもムスコが勝手に相談なしに決めてしまってと言っているよりはずっといい。

 

無事に体験入居は終わったが、これからの独居生活は困難続きである。

デイホームをもう一日増やして週3日にすることになっている。週3日は人と話し、昼食がしっかり食べられるようになるのは安心だ。残りの4日間は何かを見つけなければならない。課題は山積みだが、老人ホームを探すという選択肢を消去できたのだから、体験入居は成功だったのだと言えるのだろう。

 

 

 

ハハの老人ホーム体験入居 7日目

つまらない!

 

と電話をしたらいきなり言われた。まるで6歳児である。

周りはおばあさんばっかりでつまらない(自分がおばあさんでないつもりでいるのか!とツッコミたかったが止めておいた)。やることがないから午前中はテレビ見て、午後は昼食食べたら散歩に行くつもりだという。

 

昨日はこのまま入居してくれればいいのに、と思っていたムスメは悟った。

自宅にいても老人ホームにいてもハハのつまらない生活は変わらないのだ。だったら高い費用を払ってわざわざつまらない生活を強いることはないのだ。

 

しかし独居は非常に厳しい。ムスコ夫婦との同居やムスコ夫婦の近くへ引越しは誰も幸せにしない狂騒曲である。トチ狂った心優しいムスコが近所に引っ越してきたらいいよ、となど言わないように止めなければならない。

 

ともかく、現時点での老人ホーム入居という選択肢が一つ消えた。それは大きな収穫だったと言える。

 

明日、ムスコが迎えに行き、自宅に戻る予定になっている。

ハハの老人ホーム体験入居 6日目

ハハはムスメにきっぱりと言った。

 

一週間だから周囲に合わせてるけど、ここに入居する気はない。ここに入居するくらいなら死んだ方がマシ。

 

残念だが、これは予測できたことなので驚きはしなかった。でもその理由はきちんと聞いておかなければならない。もはやハハの老人ホームに対するイメージではなくて体験談は貴重だ。

めちゃくちゃなハハの話を要約するとこうなる。

 

①することがない。レクリエーション以外の時間は部屋でテレビを見るしかない。

②レクリエーションがつまらない。老人向けの暇つぶしでしかない。

 

どうやら上げ膳据え膳生活は性に合わなかったらしい。料理ができなくて一日中何も食べない日もあると訴えていたのに、デイホームのない日は一日中寝てテレビ見てると言ってたのに、とツッコミ所満載なのだが、ハハの言葉尻を捉えていては何も解決しないのはこちらも経験済みだ。

 

毎食きちんと食べられると体力が戻って来るから、元気でいられることは何よりありがたかった。いつも誰か人が見ていてくれているという安心感はムスメとムスコにとっては何事にも代え難いが、ハハにとってはそうではなかったということか。

 

老人ホームが退屈ならば、グループホームはどうだろうかとネットで検索してみた。要介護2以上であることが条件の施設がほとんどだった。

 

もうしばらく綱渡りの状態で独居を続けるするしかないのだろうか。