minnesotakkoの日記

国際遠距離介護の記録

ハハの認知症の認知度は案外低い

チチが亡くなり手続きを進めるにあたり、気が付いたことがある。

ハハが認知症だということが認知されないのだ。

 

ムスコやムスメにとっては、ハハの言っていることは滅茶苦茶である。事実とは遠くかけ離れた事を平気で言うからだ。亡くなる1週間前には立って話したと弔問にきてくださった方々に涙ながらに語っているが、これは全くの事実誤認である。

ハハにとっては真実なのだから、訂正はしていないのだが。

 

口が達者なものだから、同じ事を何度も何度も繰り返すのに気づかなければ、認知症だとは分からないものらしい。ハハも家族以外の人の前ではしっかりしなければと思うのだろう。後からハハのいないところで認知症だとは気づきませんでした、と色々な人から言われた。

 

そう言われると複雑な気持ちになる。

 

ケアマネさんはそこを分かってくれている。さすがプロだ。

ハハにまだ出来ることは沢山ある、が出来なくなったことも増えてきている。

今が一番大変な時期かもしれません、と言われた。

 

 

 

 

 

ハハと日曜日のヘルパー

月曜日から土曜日まではデイホームに通うハハは日曜日が苦手だ。朝は起きる理由がないから昼までゴロゴロしているし、一人で家にいて何をしていいか分からないし、出かけたくてもお金がないからパン1つ買えないし(←ムスコがちゃんと生活費を渡しているし、デイホーム日曜日分のパンを買ってくれているのに)、ムスコは優しくしてくれないし、ムスメはアメリカだし、一人で寂しいのだ。

 

日曜日に来てくれるヘルパーをケアマネに探してもらったこともあったけれど、介護保険は目一杯使っているので無理だった。社会福祉協議会の家事ボランティアに来てもらうことも検討したけれど、日曜日に来てくれる人は見つからなかった。

 

しかし、誰かに来てもらわないとハハの心も持ち堪えられないし、台所には虫がわく

 

幸運にも、ハハがお世話になっているデイホームがヘルパー派遣事業を展開している。介護保険外なので全額実費だが、デイホームで顔見知りのヘルパーさんを派遣してもらうことにした。掃除ができているか、洗濯ができているかどうか確認してもらい、ついでに一緒に夕食を買いに行ってもらえれば、こんなに有り難いことはない。

 

日曜日に電話したが、ハハはデイホームから誰かが来ることは覚えていた。それがヘルパーさんだとは分かっていないようで、お茶菓子を買いに行きたいけれどお金が失くなったとパニックになっていた。

ここでもお金のことは問題になるが、誰かが来ることを覚えていただけでも優秀である。過去にはヘルパーが来る時間に出かけてしまったことが何度もあったからだ。

 

何とかこれで日曜日の憂鬱から少しでも解放できればいいのだが。

ハハと四十九日

今日はチチの四十九日と納骨だった。

喪服が見つからないとか、妹が来ないのはけしからんとか、何日も前から大騒ぎだったが無事に終わった。

 

祭壇も撤収されて、ついでに仏壇のロウソクと線香も撤収した。仏様方には申し訳ないが、火事を出したくないので致し方ない。

 

ハハはようやく落ち着いたのだろうか、チチがいなくなって寂しいと初めて口にした。

 

 

ムスメの一時帰国13 ハハの自立

友人の友人でモンテッソーリ教育を認知症の高齢者に取り入れている人に会った。元々は幼児教育が専門だったが、義母の認知症をきっかけに研修を受けたそうだ。

 

モンテッソーリ教育の真髄は「子供の自発性」を重要視することにあり、認知症の高齢者にとっても「自発性」「自立」「をできるだけ尊重することにあるという。

 

ハハがムスコを泥棒呼ばわりするのを毎日聞かされているから、ムスメは疲労困憊、しかも胃腸の調子は絶不調である。当然、心も挫けてくる。

 

ハハは自立なんかしたくないんだよ、ムスメかムスコかおヨメさんが一緒に住んで面倒見てくれることを望んでいるんだよ。誰かが自分の為に全てを犠牲にして尽くしてくれない限り決して満足しないんだよ。

と、叫びたいのを必死で堪えた。

 

 

ムスメの一時帰国12 ハハとお金

チチが死んだ。葬式を済ませた。遺族年金の請求もした。家を片付けた。一緒に食事をした。一緒に買い物に行った。

 

しかし、何をしていても、ハハの話はムスコがお金を盗んで生活費を全くくれない、という妄想と遺族年金で暮らしていけるかどうかの不安に集約される。

遺族年金がいくら支給されて、月々のデイホーム代、光熱費、必要経費を書いた紙を渡したし、ハハも自分で書き留めていたが、紙はどこかへ紛れ込み、ノートに書き込んだことすら忘れてしまう。

 

贅沢はできなくとも遺族年金で今まで通りの生活ができると何度伝えても、デイホームをやめると言ってみたり、お金がないから何も食べないとか言ってみたり、お金が勿体ないから冷房はつけないと言ってみたり、もうめちゃくちゃである。

 

夜中に不安で目が覚めるらしく、夜中にムスメの部屋へやって来てはムスコがお金を盗んで行くのだと訴え、朝は4時半からお金が一銭もないと家中探し回っていると言ってはムスメを起こす。

 

ムスメが1つ屋根の下で寝泊まりしていて、そのムスメに色々訴えても、ムスコにも朝に晩に電話している。兄弟ともノイローゼになりそうだ。

 

ムスメの一時帰国11 セルフレジに戸惑う

東京は半年ぶりだったムスメが、今回戸惑ったのはセルフレジなるものだった。

 

スーパーで買い物をして現金で払おうとすると、「〇〇番に飛ばしますね」と言われた。飛ばしますね、と言われても何の事やら晴天の霹靂である。何をどう飛ばすのかと思ったら、会計のデータをセルフレジステーションなるものに飛ばして、そこで機械の中に現金を投入して会計を終了させる、というものだった。

レジで商品をスキャンしてくれた人が私のカゴを持ってセルフレジステーションへ行き、ここで精算して下さいね、と言って去ってしまった。

 

目の前のタッチスクリーンの精算ボタンを押し、現金を機械に入れてお釣りとレシートを受け取った。

一度体験すれば難しいものではないけれど、ハハには敷居が高いなと思った。ハハは分からなければ人に尋ねるので最終的には何とかなるとは思うけれど。

 

現金のやり取りには時間がかかるのは理解できる。セルフレジにすればレジでの時間は短縮できるだろうし、間違いも減るのだろう。

 

ムスメの実家の近所でも半年の間に2軒のお店がセルフレジを導入した。こんな小さい町でも増えるのだろうか。アメリカのように自分で商品をスキャンするようになる大型スーパーもどんどん増えるだろうけれど、こんなに小さな町にも機械化そして人件費削減の波は押し寄せているんだと知って驚いた。

 

頭と行動がゆっくりしてきた高齢者にとっては優しくないシステムだと思うが、これも時代の流れなのだろうか。

 

 

 

 

ムスメの一時帰国10 日本語の妙

ハハと近所を歩いていたら、ハハの友人にばったり出会った。どうやら久しぶりに会ったらしい。

 

その友人が「パパ(チチのこと)は遠くに行ったんだって聞いたけど」とハハに言った。ハハは涙ながらに「長い老人ホーム生活だったし、苦しくなくて静かに旅立って行ったからよかったと思って」と答えた。

 

するとハハの友人は「旅立ったって言うけど、パパ亡くなったの?」と驚いていた。

 

「遠くへ行った」のは「老人ホームが遠くになった」を意味していて、ハハはそれを「旅立った」=「死んだ」と捉えたのだった。

 

聞いていたムスメですら、「誰某が亡くなったの?」と言うより、「誰某が遠くへ行ったの?」と聞くほうがずっと美しい、いい勉強になったと思ったのだから、ハハが誤解するのも頷けた。

 

チチの葬儀を済ませたことすら忘れてしまうハハでも、日本語力は衰えていないのだ。