ムスメの一時帰国 総集編
やはりハハの認知症は確実に進行しているのだと感じた。認知症は良くなるものではないから、それは受け入れているのだけれど、やはり知っているハハがどんどん物忘れをしていくのを見ているのは辛い。
同じことを何度も聞かれて、それはストレスだった。チチの死、ハハの両親の死、実家の相続問題や家計に関しては一分間に3回同じことを聞かれたといっても過言ではない。
私には子供がいるの?と聞かれた時にはゾッとしたが、認知症が進めば子供のこともわからなくなる日が来るだろう。
そうなったら、施設入居も考えたい。
ムスコがお金を盗む妄想の時期は長かったが、それは抜け出せたようだ。
また別の意味での難しさはあるけれど。
ムスメの一時帰国 15日目 ハハの孤立感
ハハの記憶はどんどん狭まってきている。5年前のチチの死も、20年前の自分の両親の死も覚えていない。葬式に自分が出席したのかも、どこで亡くなったのかも、全てが欠落してしまっている。自分の両親の介護の方針や遺産相続が原因で起こった兄弟との確執は、まだハハの中に残っているのに、事実はすっぽりと抜け落ちている。
そこで困るのが、「私そんな話聞いてない」「私その話今初めて聞いた」というものである。
忘れちゃうのもしょうがないけどね、と前置きしながら何度も同じことを説明するムスメもクタクタである。が、毎日、今どうなっているか分からず、自分の希望が無視されて物事が進んでいるようにしか見えないハハは、「みんなは私が死ねばいいと思っている」という結論にしか到達できないようだ。
過去の栄光や武勇伝を自慢したがる高齢者も多いが、それが出来るだけで幸せなのかもしれない、とムスメは思ったりもする。
ムスメの一時帰国 14日目 真夜中の大混乱2
真夜中までは通常通りだった。デイホームへ行き、夕食を一緒に食べて、ハハは一階でムスメは二階で就寝した。
眠っていたムスメは物音で目が覚めた。ハハが二階に上がって来たのだ。どうしたのかと聞くと、チチがいないから探しに来たのだという。
チチは5年前に亡くなったと告げると、眠れないと言い掃除を始めた。これが夜中である。
時差ボケがやっと治り、せっかくまともな時間に眠れるようになったムスメは寝しなを起こされ、今度はムスメが眠れなくなってしまった。
チチの死を悲しむことができないハハは、もうここにいない人をずっと探し続けなければならないのだろうか。
ムスメの一時帰国 12日目 ハハがチチに電話するという
デイホームから戻ってご機嫌だったのに、ムスメと夕食を食べたたら不安と不満があふれ出てきた。
何度も同じことを聞かれるムスメもさすがに嫌気がさし、ハハは妹(ムスメの叔母)に電話したが、電話口で喧嘩をして絶交してやると叫んでいた。
誰かに電話をして、自分が言って欲しいことを言われたいのだ。それで不安が治ると思い込んでしまっていた。
ハハの不安は東京の家をどうしたらいいのか?ということだった。←これは新しいパターン
東京の家は今ハハが暮らす家のことなのだが、ムスメはハハの死後この家をどうしたらいいのかと問われているのかと思っていたが、ようやく今日になって、ハハは今岡山に住んでいると思っていることが判明した。
父が岡山に転勤になり、家族4人で岡山に引っ越したのが40年以上も前のことである。
ハハは岡山に住んでいる間に東京の家を人に貸すのか、空き家にしておくのか、という算段を聞きたかったらしい。
それで、チチに電話したいのに、ムスメが電話番号を不親切で教えてくれないと怒鳴った。
ムスメも大人気なく、チチは5年前に亡くなったことを大きな声を出してしまった。
ムスメの一時帰国 ハハと死
デイホームのスタッフの方々からは、ハハは元気だけれど、短期記憶はなくなってますから、と言われていた。
ムスメから毎朝電話がかかってくること
は全く覚えていないので、覚悟はしていた。
今回の帰国で驚いたのは、ハハがチチの死を覚えていないことだった。5年前のことである。当時も認知症は進行していたので、チチの死はハハの記憶には定着しなかったのだが、ムスメとの電話口では「パパはもういないし」言うこともあったのだが。
ただチチとは一緒に住んでいないことだけは分かっているので、何度もチチは死んだのか、聞いた。死んだと分かれば、どこで死んだのか、原因はなんだったかを何度も繰り返しムスメに聞いた。
そして、その後でハハの両親はどこに住んでいるのかと聞くのだった。
亡くなったのは20年前だと答えれば、全く記憶にないのだと言う。
死を悲しまずに過ごせる人生も悪くないのかもしれない、とムスメは複雑な思いでいる。
ムスメの一時帰国 7日目 朝の大混乱
朝、どこかへ行くことになっているのかは分かっていて、準備に取り憑かれていた。
歯ブラシ、ヘアブラシ、文庫本、色鉛筆、お菓子を持っていけばいいのかとムスメに聞き、デイホームは手ぶらで行けばいいとムスメが言うと、驚いたように外国に行くのかと思ってた、という一連のやり取りを何度も繰り返した。
デイホームに行きたくない日はあった、デイホーム行くことが分かっていない日もあったが、外国に行くと言ったことはなかった。
昨晩の混乱といい、ないものがあることになっていることが、これからも増えるのだろうか。
ムスメの一時帰国 6日目 真夜中の大混乱
夕食まではいつも通りだったハハだが、ムスメが2階ウトウトしていると、1階玄関のドアが開く音がした。
ハハは歩きたがらないので、1人で出かけて帰って来たとは考えにくいが、こんな時間に誰かが訪ねてくるとも考えにくい。起きて一階に行ってみると、ハハがムスメの名前を呼んでいた。
何があったのかと訊けば、友人が来ていて無事に帰れたのか、ムスメが送って行ったのかが心配になってあちこちに電話をかけていたと言う。
友人が来訪もムスメの見送りも事実無根である。
しかし、ハハにとっては友人が1時間前までいたことはリアルであり、その心配も眠れなくなるほど深刻なものだったのだろう。ムスメが説明しても聞く耳を持たずに興奮していた。
しばらく問答が続き、ようやく寝る気になってくれた。
このようなことが増えないとよいのだが。