minnesotakkoの日記

国際遠距離介護の記録

自分の老後は?③ 自分のニーズをはっきりさせる

これははっきり言って自信がない。

 

自分に何が必要なのかよく分かっていないからだ。何が食べたいのかと聞かれても困る事がよくある。

 

ハハがヘルパーを嫌がったのは、何をしてもらいたいか分からないのに他人が家に入ってくることだったのではないかと今では思っている。

 

掃除をしてもらいたいのか、食事を作ってほしいのか、買い物に行ってほしいのか、洗濯をしてもらいたいのか、話し相手になってほしいのか、具体的であれば具体的であるほどいいと思う。

 

新築の家を建ててやったのに電話の一本も寄越さないなんて、なんて恩知らずなヨメなんだ、一人暮らしの義理の母が寂しいだろうにと気遣いもできないのかと怒らず、寂しいから時々電話ちょうだいね、とハハも言えれば楽なのに。

 

これは今から猛特訓が必要だ。

将来ヘルパーにきてもらう事があったら、お風呂の掃除をしてほしい、台所の床を拭いてほしい、トイレ掃除お願いします、煮物を作ってくれるかしら、と上手に頼めるようになりたい。そして美味しいコーヒー入れるから一緒に飲みましょう、くらい言いたいものだ。

 

 

ハハと家族 ムスメの気持ち

ハハはよく「家族なんだから」と言う。

 

ハハがそれをどんな意味で使っているのか確認した事はないが、私には「家族なんだから自分の事は犠牲にしても親に尽くすべき」と解釈していた。

 

「家族なんだから」お嫁さんがもっと家事や介護を手伝うのが当然、お嫁さんが孫を連れて来て当然、ムスコがお嫁さんを長男の嫁として教育して当然、ムスメは結婚して孫を産むのが当然、結婚していないムスメはハハと同居して(介護して)当然、お正月は家族で過ごすのが当然、お彼岸は墓参りに行って当然というメッセージを私は感じていたからだ。

 

この「当然だと思う」には落とし穴がある。ハハには当然の事であっても、他人(それが子供であっても)にとっては当然でないかもしれない、という事である。当然であると思っていれば、それが満たされない場合、がっかりするし、満たしてくれない人への怒りとなる。

 

そして、当然と思われても困るんだよな、というのがムスメとしての本音である。

ハハの期待通りに生きられませんでした。子供も産みませんでした。同居もできません。デキの悪いムスメでごめんなさい。

嫁に行かないムスメ又はムスコ夫婦が同居して面倒みてくれるべきだという期待を諦めてくれませんか。どんなに望んでもそれは手に入らないのです。それは一人娘がピアニストにも医者にも母親にもなれなかったのと同じことです。一人息子が一流大学を卒業して銀行員になれなかったのと同じことです。

 

だからと言ってハハを不幸にしたいのではありません。家族以外の人々の中で、幸せに生きていくことは可能だからです。家族が特別な存在なのは否定しません。けれど、全てを子供に託されても責任を果たせないのが現状です。できる限りのことはするつもりです。でもムスメもヨメも仕事を捨てて介護に専念することはできないのです。

 

ああ、家族って一体何なのだろう。

 

 

ハハと家族

日曜日に電話したら、案の定絶不調だった。

 

何をしたらいいのか分からない、何もしたくない、ムスコ夫婦が優しくない、もう死にたい、と言っていた。

 

先週の水曜日にはムスコが来て一緒にチチに会いに行ったはずなのに、覚えていないのだ。

「日曜日なんだから、家に呼んでくれればいいのに」とハハは言う。ムスコの家に行きたいのだ。ムスコは日曜日は仕事だし、お嫁さんは体調崩しているし、孫はクラブ活動で誰も家にいないのよ、とムスメが言っても聞く耳は持たない。

 

一人で寂しくて寂しくてやりきれないのだ。週に6日デイホームに行っても、結局は一人、周囲は老人ばかりで家族ではない。日曜日は一人で過ごさなければならない、お金もないし、食べるものもない、ヨメがご機嫌うかがいの電話一本寄越さない。家族の温かみが感じられないのだ。

 

結局、ハハが義理の両親と同居して介護したように、ムスコ夫婦と同居して、ヨメに優しくしてもらいたいのだ。

 

こう言われてしまうと、ムスコとムスメとしては策がない。同居ができない共働きムスコ夫婦とアメリカ在住のムスメができることは限られている。

老人ホームに入居したとしても、毎食暖かい食事ができて快適な生活が送れたとしても、ハハが満足することはないのだろう。先週予定していた老人ホームの体験入居はハハがテコでも動かなかったためにキャンセルせざるをえなかった。

 

ハハの家族に対する気持ちがこれだけ強いものだとは、頭では分かっていても、実感できていなかったムスメは途方にくれている。

 

ハハと鍵 新たな被害妄想

実家の玄関には2つの鍵が付いている。

1つは外からの侵入者を防ぐもの、もう1つは家の中から外に出られなくするものだ。徘徊がひどかった父が一人で外出できなくするための苦肉の策で付けたものだった。父が老人ホームに入居してからもずっとそのままになっていた。そう、ムスメが閉じ込められた外鍵である。

 

ハハには何を言っても通じないので、ムスメが黙って鍵を外したのだ。一人暮らしのハハには必要はなく、防犯上全く役に立たないものだし、実家に幽閉されるのもごめんだし。ムスメが帰国中に鍵がなくなったことさえ、ハハは気づいていなかった。

だから、ムスメは気にも止めていなかった。

 

それが、思わぬ被害妄想を生む結果となってしまったのだ。ムスメがアメリカに戻って来て一ヶ月以上も経つのに、玄関の鍵が壊されている、泥棒が家に侵入しようとしている、交番へ届けた方がいいのか、と繰り返し言うようになってしまった。

 

あの外鍵はかけても内側から開かないようになっているだけだから、泥棒よけにはならないからね。ムスメが家に閉じ込められてとても困ったから外したんだからね、と言っても聞く耳は持たない。鍵が外されているのに気づいたのは2日前だからだと言う。

 

ムスコがハハやチチの財産を盗んでいるという被害妄想が強くなっているところへ、鍵が外されているのが目にとまり、

お金がない+鍵が外されている=泥棒が侵入しようとしている=通帳やキャッシュカードを持ち去ったムスコが泥棒だ

という妄想ループが出来上がってしまい、そこから抜け出せなくなっている。

 

だから一人暮らしは不安だから老人ホームへ入居したいという気持ちにはならず、ムスコ夫婦と同居したいと言うのだから、もうムスメには訳がわからない。

 

だが、被害妄想がひどくなって来たことだけは確実である。

 

夜中のメール

最近はハハの調子が良かった。平日はデイホームへ行き、日曜日は来客があって、電話の声も生き生きとしていて、ムスメは安心していた。何とかこのまま持ち堪えられないものかと、この状況が維持できれば、ハハの行きたがらない老人ホームへの入居を先送りにできるのでないかと、淡い期待を抱いていたのだ。

 

日本の夜中の時間に「電話下さい」とメールが来たので、何事かと思って電話した。

 

何のことはない、いつも通りの愚痴が出るわ出るわ。ムスコへの不平不満と怒りとお金に関する不安で一杯だった。どうやらムスコを盗っ人呼ばわりしたらしく、叱られたらしい。

 

1時間話を聞いたが、もちろん何も解決せず。

もちろん、ハハは解決策を求めているのでもなく。ハハが求めているのは人の優しさや暖かさ、気遣い、生きていてもいいと思わせてくれる何かなのだ。勝手にお金を持ち去るムスコ、会いにこない孫、電話の一本もかけてこない嫁、外国にいるムスメではどうしても埋められない。

 

お金を盗られたという認知症の対応には「それでは一緒に探しましょう」というのが効果的だとどこかで読んだが、遠距離の場合はどうしたらよいのだろうか?

 

結局、ムスメがちらりと弟を庇うようなことを言ったら、「分かってくれないんだったらもういい!」と電話を切られてしまった。

 

弟はもう限界かもしれない。

 

 

ハハの被害妄想 新たな展開

平日はデイホームに行くので、元気がいい。平日に電話するとデイホームを楽しみにしている様子が伝わって来る。

 

だが、日曜日は一転して落ち込みが激しい。

日曜日2000円作戦はまだ定着していない。お金が一銭もないから朝から何も食べずにずっと寝ている、と言うので、昨日2000円もらったでしょう。それで何か食べればいいのよ、と毎週同じことが繰り返している。

 

昨日の日曜日は、お金がないことへの不安がことさら強く、ムスコが生活費を渡さないことへの不満を延々と繰り返し、ついにはムスコの商売が上手くいっていないから、留守中に来て現金も銀行通帳も全て持ち去ったと言っていた。

 

今までは現金が手元にないことを嘆くことはあっても(それは今でも変わっていないが)、毎日夕食どきに訪ねて来る友人が盗んだかもしれないと言うことはあっても、決してムスコが盗んだと言うことはなかった。

 

どうにかこのハハの不安をやわらげる方法はないものか。現金は渡しただけすぐに消えてなくなるし、銀行の口座は空になるし、お金がなくなればムスコが盗んだと言うし、もう万策尽きたのか。

 

 

 

 

ハハのバックアップはいつのもの?

ハハと話しているとちぐはぐになることが多くなった。例えば、ハハの育った島根県での同級生で今は東京在住の友人の話をしていたのだが、どうも話しが噛み合わない。

ハハはその友人がまだ島根県に住んでいると思っていたからなのだった。

 

その友人が東京に住むようになったのはもう10年も前のことで、しかも電車で乗り換えなしの15分の距離になったので、お互いに良く行き来していたのに、それが思い出せないらしい。まあここ2、3年は会っていなかったので記憶に残っていなかったのだろう。

 

そんなハハと話していて、これはパソコンが壊れてしまい、バックアップを復元した時のようだと思った。バックアップを最近していなくて、復元されたものが5年前のデータだった、みたいな。

 

ハハのバックアップはいつものなのだろか、と思った。

 

色々な体験が今までとは違う形で上書きされる場合もある。ハハの介護の体験は「奪われた私の時間を返して欲しい」というものから「私は自分の人生を犠牲にして義理の両親に尽くして良かった(だからムスメ、ムスコ、ヨメが同じようにするべきだ)」というデータに上書きされた。

これもまた、別のデータに上書きされる日が来るのだろうか?