minnesotakkoの日記

国際遠距離介護の記録

ムスメの一時帰国カウントダウン

ムスメの一時帰国は1週間後に迫ってきた。ハハにはまだ伝えていない。

ここのところ調子が悪く、「殺されかかっている」「もう死にたい」「お金がない」の三点張りで会話にならないのだ。

 

帰って来なくていい、と言われるのが怖かったりもしている。

そんなの聞いてない、と言われるのはもっと厄介だと思ったりもしている。

 

事前に言っても忘れてしまうのだから、言う必要はないのだけれど、「スジ」を通さないことには敏感なハハである。ああ、悩ましい。

 

 

 

 

ハハ風邪か?花粉症か?

今朝の電話では具合が悪いと言っていた。

一問一答して分かったのは、熱はない、お腹の調子は悪くない、咳はない、喉は痛くない、鼻水がでる、ということだった。

花粉症かもしれないし、風邪かもしれないし、呼吸器系の症状がなければコロナウイルスではないだろうし、熱がなければインフルエンザでもないだろう。

 

何かがいつもと違って具合が悪いと繰り返すばかり。そんなハハはムスコでも妹にでも来てもらいたいという口ぶりだったが、それは叶わず。

デイホームのお迎えが来るのを待つようにとしか言えなかった。

こんな時期だから、気になる症状があれば対処してもらえるはずだ。

 

ありがたい。

ムスメの一時帰国決定

3月上旬に一時帰国することになった。

 

ハハにはまだ言っていない。電話しても会話が成立しないし、言ってもすぐ忘れるだろうし、来なくていいと言われたら嫌だし、不安にさせても嫌だし、まあ直前になってから言うことになるだろう。

 

この機会にグループホームの見学をしておこうと計画している。

まだ何とかギリギリ一人暮らしができているから、今すぐに入居を考えているわけではないのだが、グループホームがどういうものなのか見ておきたいと思っている。

有料老人ホームとハハはミスマッチだった。ムスコもムスメも安心して生活してくれればいいと思って、ある程度元気なうちに入居して順応してくれたらいいと願っていたが、現実は厳しかった。

認知症グループホームに今のハハが順応できるとは思わない。しかし、サービスを受ける利用者という立場よりも、生活を共に支え合っていくグループの一員という立場はハハにはあっているかもしれないと期待している。

 

 

 

 

ハハの思考は一足飛びに「何かが変」に着地する

ハハの中で何かが壊れていくような予感がする。

 

デイホームのお迎えの時間帯に電話したら、デイホームのお迎えを待っているけれど、まだ来ないと言う。

そこで待てないのが、認知症である。ピアノでも弾いて待ってたらすぐに来るよ、とムスメが言っても無駄である。

さっき電話したらすぐに行きますと言われたけれど、まだ来ない、何かが変だ。

家の前の道路で工事しているから車が入って来られないし、「訳が分からなくて気が狂いそう」とまで言っていた。

 

現状把握能力は明らかに落ちているなあと思った。ハハの家の前の道路は車が一台やっと通れるくらいの狭いものだ。工事の車がいれば、デイホームの車は別の所に駐めて、スタッフの方が歩いて迎えてきてくれている。過去にはいつでもそうしてもらってきた。その過去の経験が現在につながって来ないのだ。そして「家の前の工事」と「デイホームのお迎えが遅い」との事実の間は「何かが変だ」という電源がショートしているように一足飛びな判断になってしまう。

手元に現金がないが一足飛びにムスコが盗んでいる、ムスコの商売がうまく行っていないに発展するのと同じだ。

 

冷蔵庫に食べ物が入っていても、どう食べていいか分からないと言うようになったし、家の前の工事にも過剰に反応している。昼間デイホームにいて家にいないのだから、そんなに影響は受けないはずなのだが。

普段の見慣れた生活へ少しでも異質なものが入って来ると、現状把握ができないために「訳が分からない」発言も増えたし。口のききかたもぞんざいになってきたし。

今までも難しかったが、これからも難しそうである。

 

 

ハハの死にたい願望

最近は調子のいい日もあって(一日だけだったが)、いつも通りだったのだが、今日は

 

「私、もう死にたいの!」

 

と言って電話を切られた。

機嫌の悪い日、怒ってる日、落ち込んでる日、不安な日、もちろん死にたい日はあっても、一言で電話を切られたのは初めてである。

 

もうどうやってもハハと話ができる日は来ないのだろうか?

 

朝、電話しなかったのが悪かったか?デイホームがお休みの日なので、朝寝坊したいだろうかと思ってお昼に電話したのが遅すぎたか?朝ちゃんと電話して、今日の予定を確認した方がよかったのだろうか?

抗うつ剤とか抗不安剤とか処方してもらった方がいいのだろうか?

それとも、もう独居は無理なんだろうか?

 

とかムスメはぐるぐると考えてしまった。

 

が、ちょっと冷静になって見た。

仮に朝電話したとしても、ハハの機嫌がよくなることはないし、予定を確認したところですぐに忘れてしまっただろう。

抗うつ剤も抗不安剤も処方してもらったことがあるが、服薬管理ができなくなったし、効果もなかったのでやめたんだった。

 

そうだった。ムスメが必要以上に自責の念にかられて遠い地でジタバタしてもどうにもならないんだった、という思いにいたることができた。

 

独居が可能かどうかは別として、この状態で施設入居は難しいのではないかとムスメは考えている。環境の変化に順応できるとは思えないからだ。お馴染みのデイホームから離れ、住環境が変わるという大きなダブル変化には順応できないだろう。だったら独居ができる限りは、なるべく環境を大きく変えない方がいいと思うのだ。

 

だけどやっぱり電話だけだとどうにもならない感は拭えないが。

ハハ、お正月は終わったの?という

ハハは相変わらず不機嫌である。不安も強い。妄想はもっと強い。

 

日本の朝に電話をするのだが、朝起きても何をしていいのかが分からなくて、混乱している。

目に見えないものは、無いものと同じなので、お金が一銭もない、食べるものが何もない、ムスコはこうやって私を餓死させようとしている、だったら死んでやる、というループから抜け出せない。

 

銀行口座にお金がある、冷蔵庫には食べ物が入っていることが分かるのは、高度な機能が必要とされることなんだと改めて思う。

 

今朝は電話しながら起こして、冷蔵庫を開けてもらった。食べ物が入っていることは分かったけれど、どうやって食べていいか分からないし、好みに合うものが入っていないし、食べる気もしないし、デイホームにも行きたくないし、このまま二度寝して死んでやる、と言われた。

 

それに今日は何月何日なの?と何度も聞くので、1月21日だよ、と言えば、

「じゃあ、お正月は終わったのね。何もしなかった」とご立腹だった。ムスメも何もしなかったんだけどなあ、何もしなくてすんでラッキーと思えるのか、何もしなくてダメダメな私と自責の念にかられるかで、人生は大きく変わってしまう。

 

 

伊藤比呂美さんのインタビュー②

伊藤先生のインタビューを聴いて、ふつふつと思っていたのが、「その人が正義になる」という言葉でした。

 

ああ、だから私はハハと距離を置きたいのだ、と腑に落ちました。

ハハが正義だからです。ハハは義理の両親を送った後、自分の両親と夫を介護したのですが、まあその情熱の入れようたるや、周囲は振り回され、非難され、多くの亀裂をもたらしました。

ハハの愛情深さが裏目に出ました。その愛情ゆえに自分のやり方が正義と化しました。自分のやり方に合わなければ、心冷たい人非人だと激しく非難しました。

 

他人の手は借りられる限り借りました。それでも手が足りないのが在宅介護です。子供、孫、孫の友人のツテを総動員しての介護でしたが、それぞれに家庭、仕事、学校、人生があり、そこから無理して作った時間を介護に当てても、それが足りないと詰られました。

 

ハハにとっては美しい自己犠牲であったのかもしれません。非難された側とすれば、それはハハの自己満足にしかすぎませんでした。

 

ムスメにとっては、ここに母娘関係が凝縮されているのでした。

ハハは正義なので、ハハの意向に添わなければそれは自動的に不義とされてしまうので、ハハと同意できることが少ないムスメは正義と戦うか、正義の前に口を閉ざすかしか生き延びる道がなかったのです。

だからなるべく距離を置くことで休戦状態を保とうとしていたのでした。

 

認知症のおかげで、ハハの正義は肥大していくばかりです。

私はこれだけ親に尽くしたのだから、ムスメもムスコも私と同じように親に尽くすべきだというハハの理論は、ハハが正義になってしまったことを証明しています。

 

 

こうやって書くとハハが毒親みたいですが、決してそうではないのです。

幸せに暮らして欲しいと思っているのです。育ててもらって感謝しています。 

歳をとってくれば、ハハの正義は社会の正義の縮図であったかもしれないと思うようにもなりましたけどね。

 

やっぱり伊藤先生は頼りになります。

「ハハが正義になった」という言葉を使えるようになったおかげで、ハハとの関係が言語化できるようになりました。