minnesotakkoの日記

国際遠距離介護の記録

とうとう恐れていたことが

ついに起こってしまった。

ガスをつけたまま忘れてしまったらしい。

 

ムスコも詳しいことが分からないのだが、看護師が訪問した時、ガスの警報機がなっていたそうだ。ハハが在宅していたのか、留守だったのかは不明。

ガスは一定時間以上になると自動的に火が消えるように設定されていたから、火事にはならなかったのは幸いだ。

 

ハハに電話したら、全く覚えていなかった。私がそんなことするはずないわ、と一蹴されてしまった。自己嫌悪に落ち込まれるものも困るのだが、妙に自信満々なのも困る。2度目がないことを祈るしかない。

ハハと銀行通帳とリモコン

もともと整理整頓の苦手なハハである。テーブルの上を片付けて出掛けても、帰宅後5分後にはテーブルの上には物が散乱している様相だ。一人暮らしで認知症で困難なのは大事なものが見つからなくなることだ。

 

まずは銀行通帳とキャッスカードをいつでも探している。一昨日は手元にあったが、昨日は見つからず、ムスコに持って行かれたと大騒ぎしていた。

 

エアコンのリモコンはどの部屋のものも見つからないらしい。よしんば見つかったとしても違う部屋のエアコンだからか作動しないと言う。電池が切れているのかもしれないよと言っても、どの電池をどこに入れたらいいか分からないらしい。部屋ごとにエアコンのメーカーが違うのも悩ましい。

 

高齢者が自宅で熱中症になると言われているが、もちろん”勿体なくて”使えない人もいれば、エアコンが嫌いだという人もいるだろうし、暑さを感じにくくなっている可能性もあるが、ハハのようにリモコンが見つけられない、電池が交換できなくて操作できなくなってしまっている人も多いのではないかという気がしてきた。

 

各メーカーさんにはお願いしたい。メーカー共通のリモコン、押しやすいボタンと文字の大きいリモコンを作っていただけないものだろうか。メーカーによって操作が異なると高齢者にとっては大きな混乱となるのです。

 

ハハの嫁への思い

嫁いびりを推奨したのは遠藤周作氏だったか?

 

ハハの嫁への不満が止まらない。ムスコへの不信感が引き金になり、嫁としての責任を全く担っていない、経済的援助は十分にしているのに感謝されたことがない、ご機嫌伺いの電話一本もかかってこないとおかんむりだ。

ハハは義理の両親と同居して介護したし、義理の両親を見送ってからは自分の両親の介護もしたと自負がある。介護のために自分の時間が奪われたと思う反面、無理してまでも親孝行したため、嫁にも同じことを要求しているのだ。同居してくれと頼んでいるわけではない、週に一度くらい電話くれたっていいじゃないか、夏休みくらい孫を連れてきて一緒に食事をしてくれたっていいじゃないか、挙げ句の果てにはこの恨みつらみを書き綴って当てつけに死んでやる、とまあ電話するたび聞き苦しいこのこの上ない。

(実際にはお嫁さんは電話してくれているのかもしれなくて、ハハが単純に覚えていない可能性も十分にある)

しかし、一人暮らしで寂しい、孫の成長を見届けなれないのは残念、と本音を表せるほど素直になれないところが難しい。

 

人生初めて自分のためだけに時間を使える時が来たのに、その喜びを享受せず、他人への不信と不満と恨みつらみで日々が過ぎて行くのは何と悲しいことだろう。

どこまでがハハの性格で、どこから認知症の症状なのか線は直線ではなくぼやけて見えなくなっている。

 

 

 

ハハ、預金の管理ができなくなる

ハハのムスコに対する不信感は未だに根強く残っている。

ムスメの一時帰国 最大難関はハハのムスコへの不信感 - minnesotakkoの日記

 

追い討ちをかけるように、銀行の預金残高がマイナスになってしまった。記帳してみれば、過去一ヶ月に渡り10万単位の現金が何度も引き出されている。が、家にも財布の中にも現金は見当たらない。引き出したハハは何も覚えていない。

ムスコが滞った銀行引き落としの支払いに奔走した。

 

これは初めてのことではなく、ムスメが前回帰国した際にも残高がマイナスになったことがあった。ハハは何に使ったのか全く覚えがない。二人で銀行へ行き、定期預金を解約して普通預金に充てたのだった。

この時は、ハハがムスメに残高がマイナスになっていると言ってきたのだ。

 

だが、今回は支払いが滞るまでハハは状況を把握できていなかったのだ。

 

ムスコへの不信感が強いがために、ムスコに管理を頼めない・頼みたくないという悪循環に陥っている。何でもムスコが相談せずに勝手に決めてしまう、自分のものを勝手に持ち去って行く、自分が管理できるのにさせてくれない云々 ハハのムスコへの罵詈雑言は終わらない。

 

余談だが、この図式はハハの子であるムスメとムスコが幼少期に体験した家族の関係なのだ。ハハは”あなたために良かれと思って”と言い自分の言い分を通してきた。ムスメとムスコにノーと言う選択肢は与えられておらず、どんなに抵抗しても結局はハハの思い通りにしてきた。お陰でムスメもムスコもそんなハハの独壇場から離れるべく、独立心が旺盛に育ったのは利点だったが、親子関係はいつでも一方通行だったのだ。

今は、ムスコが”ハハのために良かれと思って”物事を解決しようとしているのだ。ムスコはこのまま自分の意見を押すだろう。親子で話し合いなどしてこなかったからだ。ハハにはそれが理解できないだろう。認知症を発症していなかったとしても。

ハハ、デイホームに通う

近所のデイホームに週2回通うことになった。午前中だけで、昼食は出ないが、送迎付きだそうだ。一軒家を改築したホームなので居心地は良いらしい。

 

が、所詮単なるヒマつぶしよ、とハハはそっけない。

 

それでも一人で家にいて鬱々として嫁の欠点を数えているよりは健全だと思うムスメなのだ。

チチの入院

チチが肺炎で一ヶ月ほど入院していた。先日無事退院して老人ホームに戻った。

 

ということをムスメは知らなかった。ハハには電話をしていたけれど、何も言わなかかったし、ムスコ(弟)も知らせて来なかった。

 

心配させたくなくて知らせなかったんだろう、とムスメは推測するしかない。急遽、一時帰国するほど重篤でなかったのかもしれないし、と自分を納得させようとしている。どのタイミングで帰国するのか、決断を迫られる時が来そうだ。

 

伊藤比呂美 父の生きる

詩人の伊藤比呂美さんの父の生きるを読んだ。アメリカ在住で一人っ子で日本のご両親の介護をした大先輩である。(もちろん面識はないのだが、多くの作品のファンであるため、尊敬の念を込めてそう呼ばせていただいている。)

 

読んでいて救われたのは、伊藤さんも私と同様に、日本に電話したくない時があったということだ。

 

アメリカに戻ってからなるべくハハに電話するようにしている。電話口のハハは元気なこともあれば、落ち込んでいて死にたいと言ったりと状態は安定していない。

朝からビール飲んで寝てると聞かされれば、次の日には電話したくない。ムスコやムスコのお嫁さんの悪口を聞かされれば、怒りたくなる。それでも日本を離れる決断をした自分に罪悪感を感じつつ、だからと言って日本に帰国する状況にもあらず、罪悪感と自己嫌悪の間で何とか自分を立て直して、電話するという日々が続いている。

 

だからこそ、電話したくないと思う自分を責めず(自分をいじめても何も解決しないのだ)、最善を尽くすしかないんだと誰かに言ってもらいたかったのだ。