minnesotakkoの日記

国際遠距離介護の記録

「死にたい」から「面白くない」へ

以前は「もう生きててもしょうがないから死にたい」とか「病院でもらってる薬を飲まないで貯めておいて一気に飲んだら死ねるかな」としか言わなかったハハが、最近は「一人でいると面白くないから」と言うようになった。

 

誰ともしゃべらない日があると頭が変になりそうだから、そんな時はチチの老人ホームへ行くようにしていると言っていた。地元のコーラスや麻雀教室にも顔を出すこともあるらしい。

 

最も辛い時期は過ぎたのだと信じたい。

 

断ったヘルパーさんを再開してもらえばいいのに、と言っておいた。ケアマネに連絡するとは言っていたが、行動に移せるかどうかは別問題だが。

 

老人ホームやサービス付き高齢者住宅への入居を視野にいれなくてはならないのか?

 

 

正月は帰らないことに

ハハが無理して帰ってこなくていいと言うので、正月は帰らないことにした。

1月下旬か2月上旬にはもともと一時帰国する予定でいたので、予定変更せずにすんで正直ほっとしている。

 

ムスコも心中二転三転していた。ハハが友達と旅行に行くから帰ってこなくていいと言ってみたり、自分の家族だけで旅行に行きたいから正月は帰ってきてくれれば助かると言ってみたりした。ムスコも奥さんや義理のご両親に気を遣ったり、罪悪感を感じることがあったのだろう。

 

親は大切だけれど、今の自分にできることには限界がある。日本にいてもアメリカにいてもその事実は変わらない。

 

ちょっと無理すれば予定が変更できたかもしれない。だが、そのちょっとの無理が積み重なって大雪崩になって後々大災害になるのは何度も経験済みだ。心は痛むが、正月は我慢してもらおう。

正月に帰って来いコールに揺れるムスメの従姉妹に相談する

前回の記事を書いた後、ムスメはイタリア在住の従姉妹と話した。

従姉妹の父は(ムスメの叔父)はチチと同年で、最近サービス付きの高齢者マンションに引っ越したばかりだ。食事サービスもあり、食堂に行けば誰かがいるし、見守りサービスもあるので厳密には独居とはいえないが、子供と同居でないという意味においてはハハとの共通点はある。

従姉妹は「私だったら(帰れるんだったら)帰るよ」と即答した。親はいつまで生きるか分からないし、正月に親を一人にしておきたくないからだという。

 

正月に帰りたくないという自分のワガママを優先するのか、それともハハのために色々とやりくりをして帰国するのか。

潔く帰れるなら帰ると言い切れる従姉妹が羨ましかった。

 

 

 

 

 

正月に帰って来いコールに揺れるムスメ

正月に帰って来てほしいというメールがムスコから来た。

大晦日まで仕事して3日から旅行に行こうと思っているけれど、一緒に来られないだろうか、という打診だった。正月という家族というものをイヤと言うほど目の当たりにさせられる時期に、ハハを一人にしておきたくないと思ってのことだった。普段つきあっている未亡人の友人たちでさえ、正月には家族と過ごすのだろう。31日までびっちり仕事をする身としては、心苦しいのだろうということは理解できた。

 

理解はできても、それは願望にはならない。

正月なんか何がめでたいのだろうか、とムスメは思ってきた。

女だから大掃除や料理に駆り出され、年賀状やら挨拶回りやら忘年会やらの手間が増え、家族や親戚がそろえば未婚の女は「なぜ結婚しないんだ」攻撃の標的になり、真面目に「おじちゃんのような人と一緒に暮らしたくないからです」などとはいえないので、ヘラヘラ笑いながらお屠蘇を飲み「私みたいなわがまま女を嫁にしたいという男性がいたらお目にかかりたい」と言うような、そして結局食べすぎ飲みすぎで終わってしまうような不毛な時期が本当に嫌いだ。全く休まらないし、かえって体調は悪くなるし、仕事始めが心底待ち遠しかった。

 

だから正月に帰って来っていと言われても、素直にうんと言えないのだ。

しかしハハがしっかりしているうちに一緒に正月を過ごすのは悪くないとも思える。

 

2月か3月あたりに一時帰国する予定でいたのだからそれを早めることは無理ではないんだが。

 

はてして、どうしたものやら・・・ 

 

 

ハハ、心療内科へ行く

落ち込みが激しい、生きていてもつまらない発言が増えてきて、ムスコが近所の心療内科に連れて行った。

大学病院の精神科はハハにとっては遠すぎたから、近所に相談できるところがあればとムスコは考えたのだろう。

 

結果は、現在かかりつけ内科医から処方されている薬が適正だからちゃんと服用するようにといわれたという。

内科医からではなくて、精神科医からはっきり言われたことで、ハハも薬をちゃんと飲む気になってくれればよいのだが。

 

服薬管理は思ったよりも難しく、その日の薬を飲んだか忘れてしまうのが問題だ。ナースの訪問は月に一度しかないから、自己管理でるか心配だったが、薬剤師が薬に日付を書いてくれたそうで、それでしばらく大丈夫だろう。

 

うつ病よりも認知症のほうが問題だとムスコは医者に言われたそうだ。心療内科としては、これ以上出来ることはないらしい。医療から介護へのシフトをしなくてはならない。

ハハ、落ち込む

電話したら、つまらない日もあるのよ、と言う。

友人と映画を観る約束をしたのに、待ち合わせ場所で会えなかったので帰ってきたという。

 

どうやら、待ち合わせの場所を間違えたようだった。結局、友人にも会えず、映画も観ずに帰ってきたのでつまらないのだと言う。雨が降っているから、地元のお祭りのお神輿も見に行けないし。

 

こういう失敗談を笑い飛ばせないのは辛いだろうなと思う。待ち合わせの場所を間違えたのがハハであっても、友人であっても。

ハハ、ヘルパーを断る

当初は週に一度ヘルパー訪問を受ける予定だった。

他人を家に入れることに慣れて欲しかったというのはムスメのたくらみだった。ムスコとの同居は現実的でないし、ムスメが帰国して(百歩譲って)同居したとしても働かなくてはならない。いつでも家族がいて介護するという状況にはできないからだ。

日常生活をみていると、掃除は辛くなってきたようだった。以前は家中はたきをかけ、掃除機をかけ、拭き掃除で仕上げていたハハも、さすがに拭き掃除はしんどくなったようだし、目も悪くなってきたのか、ホコリが目立つようになっていた。

週に一度から他人を家に入れることに慣れ、ついでに家も綺麗になれば、少しは気が晴れるかと思い、ムスメとしては名案だと思っていた。

 

が、今年一杯はヘルパーを断ったと言うではないか。

理由は、「人が来るとうっとうしいから」だそうだ。

それだけ元気だということでもあるので、よしとしなければならないのは分かっているのだが、ムスメとしては面白くない。

他人が来て、自分のしてもらいたいことを伝える練習はできなくなってしまった。

絶好の機会だと思ったのに残念だ。

 

家族であれば、掃除の仕方も、食器の仕舞い場所も説明せずにすむ。が、ヘルパーであればそうはいかない。何をどう掃除して欲しいと一から説明しなければならない。毎回違うヘルパーが来るとなればなおさらだ。それがうっとうしいのはよく分かるのだが、そこを何とか克服して、快適で自立した独居老人になってもらいたかったのだ。

 

ムスメが勝手にハハに期待していたのだ。それはハハがムスメに同居して介護してもらいたいと勝手に期待していたのと同じだ。